第四十八話:死神の鎌
語り手:ユージン・アトリー
つづき
死神の絵を見たことがあるかい?
絵じゃなくてもいいよ、彫像、写真、演劇、なんでもいい。いわゆる“死神”を思い浮かべてみてくれ。
それらの中で描かれる“死神”の多くは、黒いローブを纏った骸骨の姿だ。そして、手に大きな鎌を持っている。
一説によれば、死神とは農夫らしい。なら、あの鎌は収穫のための農具なのだろうが…あの大きさで何を刈ろうというのだろうね。
やはり、人間の魂を刈るための道具だと言われた方がしっくり来るよ。
これは、その死神の鎌の話だ。
私がまだ子どもだったころ、遊び場にしていた場所の傍に小さな小屋があった。農具置き場だったようだ。
普段使われていないものを仕舞っている場所なので、置いてあるのは柄が折れた鍬とか、底の抜けた籠とか、そんなものばかりだったな。
その中に、ボロボロに錆びて刃が欠けた鎌があった。
そんなに大きなモノじゃ無い。ごく普通の農具だ。
けれど、子どもだった私たちはそれを「死神の鎌」だと言ってはしゃいでいたんだ。
本気で信じていたわけじゃないさ。ちょっとした空想遊びだ。
この刃が欠けているのは首を刈ったからだとか、錆びた赤色は人間の血に違いないとか、そんなことを言い合っては遊んでいたんだ。
私たちがその辺りで遊ぶのに、親はあまりいい顔をしなかった。なぜなら、その農具置き場は浮浪者の寝床になっていたからだ。
私たちは遭遇したことがなかったが、日が暮れるとどこからかやって来て一晩明かすらしい。確かに雨風はしのげるからな。
しかし、危険なことに首を突っ込みたがるのが子どもというものでね。
私たちは、ある日その浮浪者を見張ってやろうと小屋に隠れることにしたんだ。
私たちの中では、その浮浪者は何かとんでもないことを企んでいる悪者ということいなっていたんだよ。子どもの想像力には羽根が生えているのでね、突飛なものになるのは仕方が無い。
トム・ソーヤごっこと洒落込んで、私たちは小屋に積まれた藁の中に潜んでいた。
日が暮れた頃、小屋の扉が鈍い音をたてて開いた。
逆光でよく見えなかったが、みすぼらしい格好をした男だったな。何かをぶつぶつ呟きながら、小屋の中に入ってきたんだ。
手に持った酒瓶を呷る男は、酷く不機嫌そうだったよ。乱暴にその辺の農具を蹴飛ばして地面に座り込んだんだ。
さすがにこれはまずいんじゃないかと私たちも思ってね。こんな粗暴な男の傍にいつまでもいられないと思って、こっそり小屋を出ようとした。積まれた藁の傍にある壁に穴があったんだ。
しかし…子どもが数人、一斉に身じろぎしたものだから、積まれた藁が崩れてしまったんだ。
「誰だ!」
男は枯れた声で叫んだ。その声に驚いて、私たちは固まってしまった。
男は何かを喚きながらこちらへ近づいてくる。そしてあろうことか、落ちていた銛のような農具を拾って、藁に突き立ててきたんだ。
私たちは必死に藁の中を転がりながら、その攻撃を避けた。男が闇雲に刺すその先端が腕や頬をかすめて、もうダメだと何度も思ったね。
とうとう友人の一人が藁から転がり出てしまって、壁に追い詰められたしまったんだ。
男は淀んだ目で友人を見据えながら、手に持ったそれを突き刺そうとした。
その時、私たちは見てしまったんだ。
じわりと染み出すように現れた黒い影が、男の背後で腕を振り上げるのを。
ひゅ、と音がして、すぐあとにドサっと何かが転がり落ちる音がした。
それと同時に、男の体が崩れ落ちたんだ。
今しかないと思った私は腰を抜かしていた友人の腕を取って、他の友人達と穴から外へ飛び出した。
家へ帰った私たちはこっぴどく叱られたよ。
ケガまでしたのに理不尽だ、と思ったけれど…今考えれば、あれは自業自得ってものだね。
けれど、大人達は私たちの話を聞いて小屋を訪れた後、よく無事だったと抱きしめてくれた。
彼らは小屋の中で見たそうだ。
すっぱりと首を落とされたあの男の体を。
不思議なことに、首はどこにもなかったそうだがね。
小屋には、仕舞われていた錆びた鎌が転がっていた。血が滴るその刃は錆びて刃こぼれしていて、とても綺麗に切断された傷口とは合わなかったらしい。
それ以来、私たちはあの小屋には近づかなかった。
壁の隙間から漏れた光が反射した、あの鎌の冷たい光が恐ろしくてね。
いつあの刃が自分の首に振ってくるかと思うと、とてもそんなものの傍には近づけなかったんだよ。