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063:押入れの中

第六十二話:押入れの中
 
語り手:柳光太郎

 
 
押し入れの中に閉じ込められたこと、ある?
俺はあるよ。
閉じ込められたっていうか…子どものころ、悪いことすると押し入れに放り込まれてたんだよなあ。
父さんも母さんも優しい人だった記憶があるけど、怒ると怖かったんだろうな。
いつもは姉さんがこっそり俺を出してくれてたんだけど、その時は確か、姉さんは病気で寝込んでたんだ。

押し入れの中は真っ暗で、まだ小さかった俺にとってそこはすごく怖かった。
いつも助けてくれる姉さんが来てくれないのは分かってたから、そこから出るには自力で何とかするしかないと思った。
おとなしく反省してればいつか出してもらえるのにな。子どもの考えることはどこかおかしいものだよ。

最初のうちは力ずくで何とかしようと戸をがたがたさせてたんだけど、いっこうに開かない。立て付け悪かったんだよな。それに、俺が入れられてた下の段からじゃ取っ手に手が届かないし、子どもの力じゃ開けられなかった。

入り口は開かない。じゃあ、どうしよう。

ところで、暗闇のなかってすごく広く感じることない?
壁が見えないからかな、どこまでも続いてるような気がするんだよね。
それで、子どものころの俺は何を思ったか、扉とは反対側に歩き出したんだ。
最初は這うように進んだんだけど、なぜか壁にぶつからない。そっと立ち上がってみても、上段と分ける仕切りの気配がない。手を伸ばしても触れないし。
俺はこのまま歩けば外に出られるんじゃないかと考えた。そして思わず駆けだしたんだ。
走っても走っても、壁にぶつかることはなかった。どこまでも進めた。どれだけ走っても、壁にも天井にも扉にもぶつからない。
そう、どれだけ走っても。
子どもの体力なんてすぐ尽きる。俺はその場に座り込んだ。
だって、どれだけ進んでも終わりがないんだ。
このまま進んだらどうなるんだ? 本当に外に出られるのか?
今更そんなことが頭をよぎって怖くなった。
戻ろうと来た道を振り返っても、そこにあるのは闇ばかりだ。

どうしようもなくなった。

前も後ろも右も左も分からない。それどころか、上下さえも。
押し入れの中ってこんなに暗かったっけ? と呟いても当然誰も答えてはくれないし。
涙が出そうになって、泣いちゃダメだと目を擦ろうとした手も見えなかった。
その途端、今まで以上の不安が押し寄せてきた。
手も、足も、体も何も見えない。「俺」がちゃんとここにいるのか自信が持てなかった。
実は知らないうちに手や足が消えてしまっていて、俺なんかいなかったことになってて、父さんや母さん、姉さんも俺のことなんか忘れてしまってるかもしれない。
それとも、消えてしまったのは俺以外の全部なのかも。だから何も見えなくて、聞こえないのかもしれない。
そんな訳の分からないことを考えてたらどうしようもなく怖くて悲しくなって、とうとう耐えられなくて大声で泣き出したんだ。

「…光太郎?」

がたがたと音がして、ほんの少し光が差し込んだ。
そこから小さな手を突っ込んで、姉さんが俺を呼んでいた。

「大丈夫、すぐに助けてあげるからね」

姉さんは熱で朦朧としてるだろうに、力一杯扉を引いて、子ども一人通れるだけの隙間を作ってくれた。
俺はそこに無理矢理体をねじ込んで、外の世界へ飛び出した。そしてそこにいた姉さんに飛びついたんだ。
泣きじゃくって酷い顔になっていただろう俺を、姉さんは少し咳き込みながら撫でてくれた。

「もう大丈夫だからね」

部屋で寝ているはずの姉さんに抱きついて大泣きしている、押し入れに放り込んでおいたはずの俺を母さんが見つけるまで、延々と泣きわめいてた…らしい。
母さんがいくら姉さんを布団に戻そうとしても、俺は離れなかったみたいだ。だってその時の俺にとって、姉さんはもう英雄というか救世主というか、とにかく片時も離れちゃいけない人だったから。


ただの夢だったのかも知れないけど、俺はたまにあの暗闇を思い出して怖くなるよ。
自分が存在しないかも、なんて怖すぎる空想だろ?
それに、今度は助けてくれる人もいないしさ。





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