第五十一話:死者の集い
語り手:刀川満千代
つづき
人間、生きてりゃそのうち死んじまうモンですよゥ。
それは絶対でさァ。
以前、兄さん姉さんに連れられておつかいに行ったことがありましてね。
夏の暑い日でした。蝉がうるさかったのを覚えてます。
お伺いするのは何度か通ってるお家で、迷うはずもなかったンですが…どこで道を間違えたのか、見知らぬお宅に辿り着いちまったンですよゥ。
サテこんな家あっただろうかと首を傾げたアタシたちですが、どうも知らぬ場所に出ちまったらしいってンで、ちょいとこちらの方に道を尋ねることにしたンです。
ごめんください、と姉さんが声をかけたンですが、返事はありませンでした。
ただ、木戸がぎぃと開いたンですよねェ。しんと静まりかえった辺りに、その音は妙に響きました。
アタシたちは顔を見合わせましたが、とりあえずもう少し中に入ってみることにしました。
玄関の戸を開けて、真っ暗な廊下に向かってもう一度ごめんください、と声をかけたら、
奥の方から音も立てずに、スィっと人が出てきました。
ぼんやりと白い顔が浮かび上がって、正直ちょイと気味が悪かったンですが、そンなこと言うのも失礼でしょう。
兄さん姉さんも同じこと思ってたンでしょうが、ごくりと唾を飲み込んで、道をお尋ねしたいのですが、と声を絞り出してました。
白い顔した女は、残念ながらこの辺りは不案内で、とボソボソと小さな声で喋りました。
奥にいる方なら詳しいかもしれません、と、ついてくるように言われたンですが…ちょっと迷っちまいましてね。
酷く暗い廊下の奥に進むのが怖かったンでさァ。
そう、ちょうどこの家くらいの暗さでしたかねェ。この部屋に来るまでの廊下も暗かった。
そんなわけで躊躇ったンですが、おつかいで来てるわけですからね。あんまり遅くなるわ
けにもいかないってンで、アタシたちはその人の後に続きました。
ギィギィなる廊下を歩きながら、アタシは前を行く兄さんの裾を握りしめてましたねェ。
ちょイと歩いた先の襖を、女がスゥと開けまして。中を覗いたら、車座になって人が座ってるんでさァ。
机も何もなくね。雨戸が閉め切られてて、部屋は真っ暗でした。真ん中で蝋燭の灯りが頼りなげに揺れてましたねェ。
客人か、と誰かが言えば、道に迷われたそうです、と女が言いました。
入り口に一番近い場所に座っていた男が、それはいかん、すぐに帰りなさいとアタシたちに言うンですが…おつかいの途中ですからねェ。道も分からないし。
うちの兄さんがそういうことを言うと、その人は真新しい蝋燭に火をつけて、アタシたちに渡してくれました。
それを持ってこの家を出て、振り向かずにまっすぐ進みなさい。
有無を言わせぬ口調でしたね。
アタシたちは戸惑いながらも頷いて、その蝋燭をもらって部屋を出ました。
ギィギィときしむ廊下を歩いていると、後ろを歩く姉さんがぽつりと呟きました。
「…さっきの女の人、足音しなかったね」
思わず振り向きそうになったアタシの頭を押さえて、姉さんはそれっきり無言になりました。
玄関を出て、そのまままっすぐ歩きました。
やがて蝉の声が戻ってくる頃には、見慣れた道に出ていました。そういやァさっきまでは変に静かだったなァと兄さんが呟いてましたね。
その頃には、蝋燭もすっかり溶けてなくなっちまってました。
アタシたちはやっと辿り着いたおつかい先の家でその話をしました。てっきり笑われるかと思ったンですが、そこのご主人は神妙な顔で頷いてくれました。
「そりゃあ、○○さんって家だろう」
何という名前だったか覚えてないンですが、ご主人が言う家の外観はたしかにあの家のものでした。
「あの家のご主人はとうになくなってるんだが、身寄りの無いほとけさんにも手を合わせてくれるようなお人でね。ずいぶん慕われてたんだろう」
何に慕われてるのかは聞かないでおきました、ええ。
「ちょうどお盆の時期だからね。あの家で、ご主人を囲んでたんじゃないかね」
まあ、その家もすでに取り壊されてるんだけどね、と言われて、アタシたちはぞっとしましたよ。
よくもまァ、戻ってこれたモンだと。
でも、今思えばあの蝋燭を渡してくれた男の人…あの人がそのご主人だったンでしょうかねェ。
生きてる間は死者を助けて、死んでからは生者を助けてくれた。まァ、いい人もいるモンですね。
次に会ったらお礼を言うべきなンでしょうが…生きてる間に、あの死者の集会にお邪魔するのはご免でさァね。