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061:手招き

第六十話:手招き
 
語り手:速見陽司

 
 
…そういや、さっき白い女の話したよな。
子どもの頃、親の田舎で弟が見た変な女。
あれ、てっきりこっちに帰って来たら終わりだと思ってたんだけどな。
あの後も、何度か見たんだ。田舎じゃなくて、自分たちの家の近くで。

その頃はもう中学生になってたかな。
まあ俺の生活は想像通りだよ、黙ってろ。
弟は顔はそう違わないくせにコミュ力高いわ経験値高いわでリア充なんだよ。
だから俺はあいつが嫌いなんだが、リア充様ってのは嫌われてるからってこっちを放っておいてくれないわけだ。なんなのあいつら揃ってKYなの?

んで、あいつが普通に話しかけてきやがるもんだから、わりと会話があったわけだよ。俺たち兄弟は。
話すのは学校の宿題は終わらせたのかとか近所の猫が子ども産んだらしいとかたまには外で友達と遊べばいいのにとか二番目以外は心底どうでもいい話ばっかりだったんだが、ある日突然子どもの頃の話をしだしたんだ。

「あのさ、子どもの頃、おばあちゃんの家に行ってたの覚えてる?」
「夏休みだろ。忘れるほど耄碌してねえぞ」
「いや、そんなつもりで言ったんじゃないんだけど。その時に、あれは夢だったのかなあ…俺、きれいな女の人に会ったと思うんだよね」

一瞬であの女を思い出してぞっとしたね。
弟の中では半分夢の話になってるみたいだが、俺の中じゃ忘れたい現実だったからな。

「でも、若い女の人なんて周りにいなかっただろ? 近所の人だったのかもしれないけど…あれ、誰だったのかな」
「…なんで今更そんな話してんだ。昔を懐かしむ歳か、中年かお前は」
「同い年だろ。いや、最近あの人に似てる人を見かけるんだよね」

ちょっとぶん殴ってやろうかと思った。
忘れたいって言ってんだろ何恐ろしいこと言い出してんだこいつ?

「…はぁ?」
「いや、子どもの頃の記憶だからさ、本人じゃないとは思うんだけど。でも何か似てる気がするんだよ…覚えてないのに、あ、あの人だ。って思うんだよな」

今なら殴っても許されると思ったけど我慢した。どんな事情があろうと世間も親もリア充の味方だ。悪者は俺だ。

「そういう人のこと覚えてない? やっぱり俺の夢だったのかな」
「夢だ夢に違いない夢だっつってんだろ色ボケてんじゃねえぞ」
「なんで怒ってんの」

弟は不思議そうだった。
そういやこいつにはあれが綺麗な女に見えてたんだっけか。俺にはほとんど死体にしか見えなかったが。俺の女嫌いってそのせいじゃね?
あのトラウマがない分、平然としてられるんだろうと思った。

俺はしばらく弟を無視しようと決めた。心に誓った。あの女の話なんて聞きたくもない。
なのに次の日偶然下校時間が被ってしまった。

「離れろついてくんな」
「いや帰る所一緒だし」
「何が悲しくてこの歳になって兄弟仲良く帰らなきゃなんねーんだよしね」
「大丈夫悲しくないよ仲が良いのは素晴らしいことだよ」
「何の宗教だ縁切るぞ」
「残念ながら俺たち同じ宗教だよ家族的な意味で」

なんでリア充ってあんなぽんぽん言葉出てくんの? しねばいいのに。
悲しいことに学校から家までは自転車で通える距離にギリギリ届いてなかったから、二人並んで歩くというくそ寒い状況に陥ってしまった。
で、ただでさえ首をくくりたいような状況なのに弟が空気読まずに俺の肩を叩くワケよ。

「なんだよ触んな」
「ほら、あの人。昨日話した人」

なんで人間とっさにそっち見ちゃうんだろうな。
バッチリ見えたよ若干グロさが増したあの女が。

「ほんとお前何なの!?」
「え、何が? あ、こっち見た」
「!?」

あれが普通の女に見えてるらしい弟は平然と恐ろしいことを言ってのける。
そこに痺れもしねえし憧れねえけど。
女はたぶん手? を振ってた。振ってたっていうか…手招き?
これはヤバイどう考えてもヤバイよし逃げよう。
俺はそう決意したというのにあのバカは「あ、手振ってる」とか言って手を振り返そうとしやがったから首根っこ掴んで走った。激走した。
たぶん中学時代で最も輝いたタイムだと思う。計ってねえけど。

「何なのお前ほんとに馬鹿なのかしね!!!」
「いや生きるけど。え、何で俺怒られてるんだろ」

家に飛び込んで玄関先で正座させて説教してたら帰って来た母親に俺が説教された。解せぬ。
その後も何度か弟はあれを見かけたらしいが、説教したかいが多少はあったのか無視して通り過ぎるようになった様だ。


しかし今になって思うんだが、あれ放っておいたら世の中からリア充を一人抹消できたんじゃねえか?
惜しいことしたな……。
 
 
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